平等寺は長徳元年(995)平維茂の建立と伝えられ、川で黄金の薬師像を見つけこれを安置するために建てたのが始まりといいます。しかし維茂の生没年自体が不詳であるため、創建に関する諸説には確証がありません。
現在の薬師堂は、永正14年(1517)に僧永源の勧進により再興されたものと伝えられ、木造建築としては県内最古のもののひとつです。
堂は正面三間、側面四間の単層茅葺き寄棟造り、室町時代の特色ある建築様式です。
堂内の柱や壁板のところどころに、戦国から江戸時代にかけての落書が残されています。中でも興味深いのは、天正6年(1578)、上杉謙信死後の後継者争いで景虎と景勝が争った「御館の乱」に便乗して越後(菅名)へ進行し、敗退してこの堂に逃げ込んだ会津芦名家の将兵たちが残した墨書です。当時の越後と会津の緊迫した社会情勢を生々しく今に伝えています。
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