津川城跡

更新日:2021年06月01日

2つの川の合流部に津川城跡がある半島の山の写真

 津川城は、阿賀野川と常浪川の合流部に半島状に突き出た山稜の先端部、通称「城山」(標高140メートル)に築かれています。
 東は馬背状の尾根伝いで主峰麒麟山(標高195メートル)に達し、他の三方は険しく切り立ち岩盤が露出しています。こうした天然の要害に大小多数の曲輪(土や石で築いた囲い)や桟敷壇を設け、要所に縦堀を掘り下げ、中世の山城としては珍しく石垣を積むなどして、全山を堅固な要塞に仕立てています。
 津川城の始まりについては、建長4年(1252)会津守護芦名氏が、一門の藤倉盛弘に、会津領の西端防備のために築かせたといわれます。盛弘の次・盛仁の代から金上姓を名乗り、芦名家の重臣として代々津川城主を勤めました。
 15代城主・金上盛備は天正17年(1589)伊達政宗との戦いに敗れて金上氏は滅亡。以後、会津領主は伊達・蒲生・上杉・蒲生(再)と変わりますが、それぞれの領主は重臣を津川城主に任じました。
 徳川氏が豊臣氏を滅ぼして天下を平定させ、江戸幕府を開いた元和元年(1615)には一国一城令が出され、支城である津川城は存続が難しくなり、寛永4年(1627)藩主加藤嘉明のとき津川城は廃城となりました。

津川城跡詳細

  • 種別:県史跡
  • 名称・員数:津川城跡
  • 指定年月日:昭和40年4月7日
  • 所在地:阿賀町津川4125-1ほか(津川地区)

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